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未分類 2015.03.25 (水)
オウマーオブツの皆さ~ん、栄えあるオブツ真理教公認オブツ第一号、我らが三女アーチャリーの本「止まった時計」読んだ?つまんなかったよ。

さて、三女が教団から離れた、関わらないとする手紙を送ったとか、ちょこちょこ世間を賑わせていたけど、今回顔出し出版、取材も受けるっていう行動背景はなにかっていうこと。これについてのワシの仮説。あくまで仮説だよ。だけどこれで解釈すると、スパッと全部筋が通っちゃう話。

要するに、彼女は、グルの高弟として、グルの延命策を訴える、この一点にのみ絞って、自分の人格を作りかえたということ。

彼女が、教団を離れて、大学他社会に出て色んな経験をしていく中で、わがまま放題でも通った幼少期からのオウム体験とは、全く違う経験にギャップを感じて人格再形成を迫られたところもあろうと。

そして何より彼女が重視しているのは、ブログの主張を見ても明らかな通り、グルである父親の延命。「父は精神が破壊されているから治療を受けさせてほしい」というやつ。この一点に絞って、教団との関係も捨て、敢えて謝罪しないスタンスで世間に顔出しした。敢えて謝罪しないというのは、先にも述べたとおり「父の口から事件の事を聞くまで、判断を下したくない」という主張を通すため。反発覚悟で「父が心身喪失状態」であると訴えて刑の執行停止を求めるスタンス。単純に謝罪して社会に迎合するよりも、「未だに謝罪しない」異端者として、より世間の注目を集めることさえも覚悟した、捨て身のアピール。これを成さしめる背景動機は何か?

オウムには「祈願」という修行がある。それは「グルよ長く現象界にお留まり下さい、それによって法則で導いてください」って趣旨。彼女は自身の帰依の実践をこの一点に集中させるために、今の生き方を選んだ。それは傍目には「愛する父親への一途な思い」ということになるし、当人の中でもそれにダブらせているだろう。そのように映るように人格を作り替えたといってもいい。教団時代、彼女は「これが尊師が言ってた法則だよね」などと末端信者に指示めいた説教等をしてきたのは事実だ。そういうのを一切放棄する代わりに、彼女はグルへの祈願のみを自身の帰依の実践として絞り込んだ。その「祈願」は、社会生活を営む上において、「麻原の娘」ということであれば、顔出し取材を受けても社会一般常識的に理解されうるものである。「アーチャリー正大師」という教団の肩書が外れる分だけ、相当に社会との親和性も出てくる。

彼女の「祈願」、法的に見れば刑の執行停止ということになるのか、詳しい法律は知らないが、刑の執行停止にしましょう。いずれにせよ、「早く麻原を吊るせ」という死刑執行を求める世論からすれば到底認められるものではない。しかし仮に現教団アレフが全く存在しない状況を想像したらどうであろうか?麻原執行を求める声は相当に減るだろう。社会にオウム残党がいない、被害者遺族の神経を逆なでるものも存在しないとすれば、寿命を迎えるまで死刑執行がなされることがない可能性も高まる。

それとは逆に、自身や教団内で次の教祖と期待されている長男次男含めて、麻原家族が教団に復帰する、もしくは教団に関与しているという状況はどうであろうか?当然世間の風当たりは強くなり、刑の執行停止は難しくなる。グルへの祈願をする彼女からすれば、それは避けたい。よって弟の教団復帰も反対するというわけだ。

彼女は、昨年初め、教団の幹部全員宛に2通の手紙を出している。その中には以下の記述がある。

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社会情勢をかえりみることなく、弟を巻き込む行為がどれだけ危険か、弟や教団に残る友人の皆さん一人一人に対して、どれだけ傷を負わせることになるかを考えていただければと思います。…(中略)…

何であれ私たちの弟が観察対象となるような団体の宗教活動に積極的に関わることに対して、明確に反対いたします。弟を個別的な宗教活動に勧誘する行為にも、明確に反対します。…(中略)…

何らかの形で弟を誘うことに関与した方に対しては、個人的な責任も追及したいと考えています。教団の運営に関わる立場にありながら、この手紙を無視した方も、結局は
同罪だろうと思います。…(中略)…

弟が「教団」に「戻る」ということは、観察処分がかかっている「教団」に「戻る」ということです…(中略)…こんなことは兄弟姉妹として耐えられないのです。
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「観察処分がかかっている教団に弟が戻るのは耐えられない」。この表現に、ワシはもの凄く違和感を覚えた。しかもわざわざ幹部全員に手紙を送ることが、彼女の教団関与と解釈されるリスクもあったわけだから、「教団とは関係ない」というスタンスが自己矛盾に陥る。

しかし彼女がグルへの祈願を自身の帰依の実践第一目標とおいているならば、この矛盾した「教団とは関係ない」筈の彼女の関与は納得がいく。実際この手紙は、公安庁が彼女を教団役員と認定する証拠にもなっているらしいが、そのようなリスクを犯してまでも、グルへの祈願達成の為、少しでも刑の執行停止の可能性を高めるためには、弟が教団に戻り、教団が危険視されることは避けなければならなかった。

また彼女の「祈願」という主目的からすれば、弟が教祖になることは宗教的にもマイナスになる。麻原がグルではなく弟がグルになれば、出家者は麻原より弟を意識することになる。彼女だけではなく教団に多数存在する弟子達が、トータルとしてどれだけグルを必要とするか、思念するか、これによってグルは涅槃する如何含めて、弟子との関わりを決めるとされている。弟が教祖になれば、弟子達の祈願の思念は薄れ、死刑執行が早まりかねない、という論理だ。

上記の松本家教団復帰リスクとグルが変わる祈願へのマイナス要因は、当然ながら彼女がそう思っていたとしても表向きは出せない。しかし彼女の腹心であった除名扱いの師達の主張は、あたかもその宗教的意味合いを代弁してくれるかのような内容である。

また、彼女は書籍の中で、「教団の解散を提案した」趣旨述べているが、それを彼女が(現在は別にして)過去本気で考えていたとは到底考えられない。むしろ彼女は、出家者の修行空間が無くなるのを懸念していた。修行できないのは「かわいそうだよ」。そんな感じの発言を何度か聞いたことがある。よって祈願達成の障害となる教団存続については、多くの出家者の修行空間存続という意味でそれも「グルの意思」ということになろうか。教団存続が招く世論の反発というデメリットがあるのは、痛し痒しという判断。

彼女が本気で教団解散を考えていたとするならば、次男と母親が結託してしまった現時点では不可能であるにせよ、その機会は十二分にあったし、それだけの権限を彼女が有していたのも事実だ。しかし実際には、解散どころか、出家者達が脱退(下向)するのを彼女自身の判断で阻止して来た。分かりやすい事例は、1997年初めの福岡事件だろう。福岡支部で出家者含めた何人かの信者が分派しようとした時、彼女は、正悟師を飛び越えて師全員い指示し、彼らを引き連れて事態に対応すべく即日福岡に飛んだ。当時、当日の説法会で師が誰もいなくてワシは困った記憶がある。

彼女が林ヤスオ死刑囚他面会に行っていたようだが、そもそも拘置所面会やオウム裁判傍聴に信者らが行くようになった発端は、三女が芳賀真紀子(宗方)に「(被告が)信仰を捨てないように、グルと教団と縁が切れないように傍聴・面会を」との趣旨で指示したこと。事件の真相を知りたい、というものではなかった。というか、そんなのはとっくの昔に分かっているし、彼女の中でも教団の構造上、教義上、麻原の指示以外の解釈が有り得ないことも分かっているだろう。

いずれにせよ、「哀れな殺人者の娘」というアピールにはマイナスの教団関与の部分は、極力悪い印象にならないよう、消極的関与という記述になっている。覚せい剤で逮捕された小向美奈子が、「付き合っていた男性に強要された。断ると暴力を振るわれた」というのを彷彿させるような。これもワシが証言している部分は、地雷を踏まないように細心の注意を払って、最小限の記述に留めた印象がある。

滝本弁護士も指摘しているが、和光大学訴訟と彼女が関与して起こった教団分裂騒動時期はダブっている。が、そこのところ余り明確には書いていない。2004年当時としては、あのような形で麻原裁判が終結することも予想していなかっただろうし、関わってしまった以上、偽証罪その他問われないよう、10年ほどの冷却期間を置かざるを得なかったのかもしれないが、その上で今回20年節目のタイミングで一気に「祈願」のための行動を実践に移したとみることもできる。今人格形成するのに時間もかかっただろうし。

ただそれは、書籍での弁解を見る限り、こちらが「あの時こうだったよね」と突っ込んでも、するりと言い逃れができるような記述になってる。グルへの祈願も「娘の父親への思い」ということで偽装できると踏んだんだろう。それをみて「うわぁ……、凄い鎧兜つけてきたなぁ……」とワシは感じた。鎧兜というか、あたかも柔道の試合なのに、柔道着を着ないで裸にヌルヌルのオイルを塗って、つかみどころがない、つかんでもするっと抜けていくようなイメージ。要するに、核心部分のグルへの祈願だけに絞り込んだ戦術・防御策というか。

本の前書きには、教団時代のことについて「虚像と実像の切り分けができていなかった」云々と書いている。つまり正大師として尊大に振る舞っていた時期の事は、「あれは虚像だったの…」と言えば全ておしまいにできるような論理構成。

色々悩んだ末、隠れるのではなく、自分のすべてをさらけ出して生きないといけない、って言ってる一方、現実面で生きていけるだろうかっていう怖さがあるとか言っている(【辛坊治郎】 辛坊治郎のアーチャリーと話をしよう 2015/03/21)。普通の感覚から言えば全く矛盾しているが、グルへの祈願の実践という核心部分があるならば、筋が通る。

まあ、その勇気と度胸は認めるが、わしはそういう言い訳をする人間より、上祐みたいに「ごめんなさい、あの時は嘘ついてました」って全部ぶっちゃけてくれる人間の方が好きだ。村岡とは分裂時代含め教団で色々あったけど、「ごめんなさい、あの時はこうだった、でも尊師が好きなの」というぶっちゃけたスタンスがわしは好きだ。教団時代に正悟師の説法中に「そんなんおかしい」と大声をあげた前代未聞の行為をしたけど、その後しっかり話し合って分かりあえた大村さんの方が好きだ。ワシも含めてこの4人は、教団で作った人格が、各人程度の差があるとはいえ、一旦崩壊したからぶっちゃけた人格になっている。

しかし三女はどうも違うようだ。教団時代とは人格を変えたようだが、崩壊させるのではなく、ぜい肉をそぎ落とした筋肉質に固めてしまったような感じだ。尤も人がどういう人生を選択しようと、その人の自由だから、あれこれ口出しすべきものでもない。けれど、多分彼女とはほとんど交わるところが無いような雰囲気を感じる。事件がなぜ起こったのかっていうのを知りたければ、ワシの影の反逆説を時間かけて分かりやすく説明してやってもいいけど、ただそんなのは読もうと思えば本で読んでいるだろうが。

例えば村岡に「オブツ真理教イベント来て」って言ったら、多分来てくれるだろう(但し交通費を負担しないといけない)。価値観の違うものへの寛容さがあるってこと。一緒に上祐と会わないか、って言えば、会うだろう。しかし三女がそういう行動をできるだろうか?自分で「オブツ」って認めたんだから、オブツ真理教に入信してほしい。西村尊師ーアーチャリー正大師体制で人集めてほしいよ。西村さんの下が気に入らないなら、シヴァ大神でもいいけど、それだとワシも含めて公安庁に目つけられそうだから、そこまではできんのだけど。でもやらんよね?やってくれたら上記見解撤回したうえで「誤解してた、ごめんね」っていうけどさ。

そもそもぶっちゃけた人間だったら、あんまり人と余計なトラブル起こそうと思わないよ。相手の気持ちもわかるし、お互い実利がないんだったら、引くところは引けばいいんだから。ワシも保険とか不動産で契約一方的破棄にされたけど、妥協できるところですぐ治めちゃったよ。これが多神教・女性原理の思考だよ。でもどうしても引けない、どうしても守らなきゃいけないところがあるから、弁護士使って裁判してでも争うんだよね。そこに強固な男性原理・一神教的核心部分、要するにグルへの祈願が秘められているような気がする。「頑固な本質は変わってないな、まあ頑張れや」ってとこかな。ワシとしては、オウマーの付き合い以上に、その頑固さをほじくり返してみたいとは思わない。だって頑固に守ってる部分ほじくろうとすればするほど、こっちだって疲れちゃうし、こっちがバカに見えちゃうよ。ただ麻原・オウム真理教は、既に終わった宗教・残骸だということを付言しておく。

あれ?みんな、なんでこんなロクでもないクソ長文、真剣に読んでるの?冗談だよ冗談、ここオブツ真理教だよ。ロクでもない情報で冗談ばっかり言っているオウマーオブツのサイトだよ。オブツあさりに来たの?公安関係者ってゴミあさりもするんだよね?あなたもオブツまみれだね。人の心の中なんてどうでもいいじゃん、ワシの妄想にすぎないよ。

でも栄えあるオブツ真理教公認オブツ第一号、我らが三女アーチャリーにはイベント来てほしいから、ダメ元でこの記事リンクを三女のブログコメントに貼りつけとく。

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